大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)5535号 判決

甲事件原告

大正海上火災保険株式会社

甲事件原告(反訴被告)

富士火災海上保険株式会社

ほか二名

乙事件原告(反訴被告)

安田火災海上保険株式会社

甲、乙事件被告(反訴原告)

角田昌巳

主文

一  別紙(一)記載の交通事故に関し、別紙(二)記載の各保険契約に基づく原告らの被告に対する各保険金支払債務は存在しないことを確認する。

二  被告の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じ被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨(甲・乙事件)

1  別紙(一)記載の交通事故に関し、別紙(二)記載の各保険契約に基づく原告らの被告に対する各保険金支払債務は存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告富士火災海上保険株式会社は、被告に対し、金一九万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一二月一七日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告大東京火災海上保険株式会社は、被告に対し、金四万六五〇〇円及びこれに対する昭和五九年一二月二六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  原告エイアイユー保険会社は、被告に対し、金一一万三六〇〇円及びこれに対する昭和五九年一二月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

4  原告安田火災海上保険株式会社は、被告に対し、金一一万二五七〇円及び、内金四万六五〇〇円に対する昭和五九年一二月二五日から、内金六万三六〇〇円に対する同月二七日から、内金二四七〇円に対する昭和六〇年一月八日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は右原告らの負担とする。

6  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因(甲・乙事件)

1  被告の保険金請求

被告は、原告らに対し、別紙(一)記載の交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を受け入院したとして、別紙(二)記載の各保険契約(以下「本件各契約」という。)に基づき、保険金の支払を請求している。

2  本訴請求

よつて、原告らは被告に対し、本訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因1の内、被告が原告安田火災海上保険株式会社(以下「原告安田火災」という。)に対し原告ら主張の保険金請求をした事実は認めるが、その余は否認する。

三  本訴請求原因に関する抗弁

1  保険契約の締結

被告は、原告らとの間で、本件各契約を締結した。

2  保険事故の発生

本件事故が発生した。

3  被告の入院

被告は、本件事故により、肋骨骨折の傷害を受け、その治療のため次のとおり各病院において合計五四日間入院を余儀なくされた。

(一) 昭和六〇年一月一二日から同年二月二日まで大北外科病院

(二) 昭和六〇年二月二日から同月二一日まで上田外科

(三) 昭和六〇年二月二八日から同年三月一二日まで京都専売病院

4  保険金請求債権の存在

(一) 原告大正海上火災保険株式会社(以下「原告大正海上」という。)に対する債権

被告は、原告大正海上に対し、別紙(二)記載の一の保険契約(以下「本件一契約」という。)に基づき、医療保険金一日一万円の割合による五四日分として五四万円の保険金請求債権を有している。

(二) 原告富士火災海上保険株式会社(以下「原告富士火災」という。)に対する債権

被告は、原告富士火災に対し、別紙(二)記載の二の保険契約(以下「本件二契約」という。)に基づき、入院日数五四日から免責期間を控除した四七日につき、所得補償保険金七八万三三三三円の請求債権を有している。

(三) 原告大東京火災海上保険株式会社(以下「原告大東京火災」という。)に対する債権

被告は、原告大東京火災に対し、別紙(二)記載の三の保険契約(以下「本件三契約」という。)に基づき、入院保険金の一日一万円の割合による五四日分として五四万円の保険金請求債権を有している。

(四) 原告エイアイユー保険会社(以下「原告エイアイユー」という。)に対する債権

被告は、原告エイアイユーに対し、別紙(二)記載の四の保険契約(以下「本件四契約」という。)に基づき、入院保険金一日一万円の割合による五四日分として五四万円の保険金請求債権を有している。

(五) 原告安田火災に対する債権

被告は、原告安田火災に対し、別紙(二)記載の五の1ないし3の各保険契約(以下「本件五各契約」といい、それぞれを「本件五の1契約」などという。)に基づき、傷害保険の入院保険金につき入院一日一万円の割合による五四日分として五四万円、所得補償保険金につき二三万五〇〇〇円、国内旅行傷害保険の入院保険金につき四〇万五〇〇〇円の各請求債権を有している。

四  本訴請求原因に関する抗弁に対する認否

1  本訴請求原因に関する抗弁1は認める。

2  同2は認める。

3  同3は否認する。

被告は、本件事故により、入院保険金の支払を要する「生活機能もしくは業務能力の滅失または減少をきたした」ような傷害は受けておらず、原告らに保険金支払義務はない。

4  同4は争う。

五  本訴請求原因に関する再抗弁

1  通知義務もしくは告知義務違反による免責もしくは解除

(一) 原告大正海上(本件一契約)

本件一契約の約款には、保険契約締結の後、重複保険契約を締結するときには、保険契約者または被保険者は、遅滞なく、書面をもつてその旨を保険会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、この手続を怠つたときは、保険会社は、その事実が発生した時から承認裏書請求書を受領するまでの間に生じた事故による傷害については、保険金を支払わない旨の約定が存在するところ、被告は、本件一契約締結後、被保険利益及び保険期間を共通にする本件二契約、本件三契約、本件四契約及び本件五各契約を締結するとき、原告大正海上に対し、右の申出や請求の手続を怠つた。

(二) 原告富士火災(本件二契約)

本件二契約の約款には、保険契約締結の当時、保険契約者または被保険者が、故意または重大な過失によつて、保険契約申込書の記載事項について保険会社に不実のことを告げたときは、保険会社は保険契約を解除することができる旨、及び、保険契約締結後、保険契約者または被保険者が、重ねて同種の保険契約を締結しようとするときは、書面をもつて遅滞なくその旨を保険会社に通知するとともに保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、この手続を怠つた場合においては、その事実が発生した時から承認裏書請求書に基づき保険会社が承認するまでの間に被つた身体障害による就業不能については、保険金を支払わない旨の約定が存在するところ、被告は、本件二契約申込の際、原告富士火災に対し、被保険利益及び保険期間を共通にする本件一契約を締結していたにもかかわらず、右契約を締結していない旨の虚偽の事実を告知し、更に、被告は、本件二契約締結後、被保険利益及び保険期間を共通にする本件三契約及び本件五各契約を締結するとき、右の通知及び請求の手続を怠つたものであり、原告富士火災は、被告に対し、昭和六〇年四月一一日書面で本件二契約を告知義務違反により解除する旨の意思表示をし、右書面は同月一二日被告方に到達した。

(三) 原告安田火災傷害保険(本件五の1契約)

本件五の1契約の約款には、前記の本件二契約の約款における告知義務に関する約定と同旨の約定、及び、保険契約締結の後、保険契約者または被保険者は、重複保険契約を締結するときはあらかじめ、書面をもつてその旨を保険会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、保険会社は、重複保険契約の事実があることを知つたときは、書面により、保険契約を解除することができ、この解除をした場合には、重複保険契約の事実が発生した時以降に生じた事故による傷害に対しては、保険金を支払わない旨の約定が存在するところ、被告は、本件五の1契約申込の際、原告安田火災に対し、被保険利益及び保険期間を共通にする本件一契約及び本件二契約を締結していたにもかかわらず、右各契約を締結していない旨の虚偽の事実を告知し、更に、被告は、本件五の1契約締結後、被保険利益及び保険期間を共通にする本件三契約及び本件四契約を締結するときにあらかじめ、右の申出及び請求の手続をすることを怠つたものであり、原告安田火災は、被告に対し、昭和六〇年八月二三日書面で本件五の1契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月二四日被告方に到達した。

(四) 原告大東京火災(本件三契約)

本件三契約の約款には、前記の本件五の1契約の約款における告知義務及び通知義務に関する約定と同旨の約定が存在するところ、被告は、本件三契約申込の際、原告大東京火災に対し、保険事故、被保険利益及び保険期間を共通にする本件一契約、本件二契約及び本件五の1契約を締結していたにもかかわらず、右各契約を締結していない旨の虚偽の事実を告知し、更に、被告は、本件三契約締結後、被保険利益及び保険契約を共通にする本件五の2契約、本件四契約及び本件五の3契約を締結するときにあらかじめ、その旨の申出及び保険証券への承認の裏書の請求の手続をすることを怠つたものであり、原告大東京火災は、被告に対し、昭和六〇年四月一一日書面で本件三契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月一二日被告方に到達した。

(五) 原告安田火災所得補償保険(本件五の2契約)

本件五の2契約の約款には、前記の本件二契約の約款における告知義務に関する約定と同旨の約定が存在するところ、被告は、本件五の2契約申込の際、原告安田火災に対し、保険事故、被保険利益及び保険期間を共通にする本件一契約、本件二契約及び本件三契約を締結していたにもかかわらず、右各契約を締結していない旨の虚偽の事実を告知したものであり、原告安田火災は、被告に対し、昭和六〇年八月二三日書面で本件五の2契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月二四日被告方に到達した。

(六) 原告エイアイユー(本件四契約)

本件四契約の約款には、前記の本件二契約の約款における告知義務に関する約定と同旨の約定が存在するところ、被告は、本件四契約申込の際、原告エイアイユーに対し、保険事故、被保険利益及び保険期間を共通にする本件一契約を締結していたにもかかわらず、右契約を締結していない旨の虚偽の事実を告知したものであり、原告エイアイユーは、被告に対し、昭和六〇年四月一一日書面で本件四契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月一二日被告方に到達した。

(七) 原告安田火災国内旅行傷害保険(本件五の3契約)

本件五の3契約の約款には、前記の本件二契約の約款における告知義務に関する約定と同旨の約定が存在するところ、被告は、本件五の3契約申込の際、原告安田火災に対し、保険事故、被保険利益及び保険期間を共通にする本件一契約、本件二契約、本件三契約及び本件四契約を締結していたにもかかわらず、右各契約を締結していない旨の虚偽の事実を告知したものであり、原告安田火災は、被告に対し、昭和六〇年八月二三日書面で本件五の3契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月二四日被告方に到達した。

2  故意の事故招致による免責

本件一契約、本件二契約及び本件五の2契約の各約款には、被保険者の故意または重大な過失による傷害または就業不能の場合、本件三契約、本件四契約、本件五の1契約及び本件五の3契約の各約款には、被保険者が故意により受傷したときには、それぞれ保険者は保険金の支払義務を免れる旨規定されているところ、本件事故及び傷害は、被告によつて保険金取得の目的のため故意に招致されたものである。

右の被告の故意による事故招致の事実は、本件事故による衝撃が極めて軽微であるのに、被告が長期入院をしていること、被告及び加害車の運転者である訴外藤澤こと新田富子(以下「訴外新田」という。)が、本件事故直前の短期間に多数の保険に加入していること、本件事故発生状況及び被告の受傷状況が不自然であること等の事実から明らかである。

3  微傷もしくは他覚症状のない傷害による免責

本件一契約の約款には「平常の生活または業務に支障のない程度の微傷」、本件二契約及び本件五の2契約の各約款には「神経症(傷害に付随して生じる心因性のむちうち症等の神経症を含みます。)による就業不能」、本件三契約、本件四契約、本件五の1契約及び本件五の3契約の各約款には「頸部症候群(いわゆるむちうち症)または腰痛で他覚症状のないもの」に対しては、保険金を支払わない旨定められているところ、被告の前記各病院への入院は、いわゆるむちうち症によるもののようであり、何ら他覚症状のない自覚症状のみに基づくものである。

六  本訴請求原因に関する再抗弁に対する認否

1  本訴請求原因に関する再抗弁1の内、被告が、本件各契約後に他保険加入の事実についての通知、及び保険証券への承認の裏書の請求を全く行つていないことは認めるが、その余は争う。

被告は、本件各契約の際、すべての事実を保険代理店に告知している。

2  同2は争う。

3  同3は争う。

七  本訴請求原因に関する再々抗弁

1  期間経過による解除権の消滅

本件各契約の各約款には、保険会社が告知義務違反の事実を知つてから解除しないまま一か月を経過した場合、その解除権が消滅する旨定められているところ、被告が昭和六〇年一月一〇日本件事故に遭い直ちに原告らに報告した後、しばらくして重複保険であるから保険金が下りないとの知らせがあつたため、被告は保険金の下りないような保険に入つていてもしかたがないと考えて、同年二月一八日期間の長い本件一契約を解約したものであり、原告らが本件一契約を除く本件各契約を解除した時点においては、右期間を既に経過している。

2  就業不能と不実の告知事実との無関係

本件二契約及び本件五の2契約の各約款には、就業不能が不実の告知事実に基づかないことを保険契約者または被保険者が証明したときは保険金を支払う旨の約定があるが、被告の就業不能と重複保険の事実とは無関係である。また、本件三契約、本件四契約、本件五の1契約及び本件五の3契約の各約款には、告知義務違反の事項が危険測定に関係のないものである場合は、解除原因とならないが、重複保険事項については、その限りでないとされているが、合理性はない。

3  重複保険の解約もしくは解除による解除権の消滅

原告富士火災が本件二契約を、原告エイアイユーが本件四契約をそれぞれ解除した時点においては、前記のとおり被告は本件一契約を解約しているから、右解除原因である告知義務違反の重複保険の事実は既に消滅している。また、原告安田火災が本件五各契約を解除した時点においては、本件二契約、本件三契約及び本件四契約はいずれも解除されているから、仮にこれらの解除が有効であるとすれば、本件五各契約の解除原因である告知義務違反の重複保険の事実は既に消滅している。

4  重複保険についての悪意もしくは過失

本件各契約の各約款には、保険会社が保険契約締結の当時、不実の告知事実を知りまたは過失によつてこれを知らなかつたときは、保険会社は告知義務違反による解除をしない旨の約定があるが、本件一契約を除く本件各契約締結の際、原告大正海上を除く原告らの代理店の者は、重複保険であることを知つていたか、仮に知らなかつたとしても、知り得べき状況であつたのに、この点に関し無関心で、十分被告に確認していないのであるから、知らなかつたことにつき過失がある。

5  通知義務違反による免責もしくは解除の信義則違反

本件各契約の各約款においては、保険契約締結後、保険契約者または被保険者は、重複保険を締結するときは、あらかじめ、重複保険があることを知つたときは、遅滞なく、書面をもつて、その旨を保険会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければならず、その義務を怠つた場合には、傷害保険については、保険契約の解除原因になり、積立フアミリー交通傷害保険及び所得補償保険については、保険金の不払事由とされているところ、通知義務違反の効果が、保険契約者及び被保険者にとつて、非常に重大であるにもかかわらず、保険会社の代理店の者が重複保険が何であるかを知らないだけでなく、通知義務の何たるかさえ全く知らないのであり、また、保険のパンフレツトには、通知義務及びその違反の効果について、全く記載されていないのであつて、このような義務違反を理由に保険金を支払わず、もしくは保険契約を解除することは、信義則上許されるべきではない。

6  時機に遅れた攻撃防禦方法の却下の申立

原告らの故意による事故招致による免責の主張は、被告本人尋問が終了した後に提出されたものであつて、再度の被告本人尋問を必要とし、著しく訴訟手続の遅延を来すものであるから、時機に遅れた攻撃防禦方法として、却下されるべきである。

八  本訴請求原因に関する再々抗弁に対する認否

1  本訴請求原因に関する再々抗弁1は争う。

原告富士火災、同大東京火災及び同エイアイユーが重複保険の事実を知つたのは、昭和六〇年四月初め頃であり、原告安田火災が右事実を知つたのは、同年八月二〇日頃である。

2  同2は争う。

3  同3は争う。

保険契約における解除には遡及効がなく、将来に向かつてのみその効力を失わせるに過ぎないものであるから、前の保険契約が解除されても、重複保険の事実が消滅するわけではない。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

九  反訴請求原因

1  保険契約の締結及び保険料の支払

被告は、原告大正海上を除く原告らとの間で、本件一契約を除く本件各契約を締結し、各契約日(本件四契約については昭和五九年一二月一七日)においてその保険料をそれぞれ支払つた。

2  保険契約の解除

原告大正海上を除く原告らは、本件一契約を除く本件各契約を通知義務もしくは告知義務違反により解除する旨の意思表示をしたが、これらの解除が有効であれば、右各契約は、契約締結時に遡つて効力がなくなり、右原告らは、被告に対し、民法五四五条一項、二項により、被告の支払つた保険料にこれを受領した時から商事法定利率年六分の利息を付して返還すべき義務を負う。

3  反訴請求

よつて、被告は、原告大正海上を除く原告らに対し、反訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

一〇  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1は認める。

2  同2の内、原告大正海上を除く原告らが、被告主張の解除の意思表示をした事実は認めるが、その余は争う。

一一  反訴請求原因に関する抗弁

1  告知義務違反による解除の際の保険料不返還

本件一契約を除く本件各契約の各約款には、告知義務違反により保険契約を解除したときには、保険料を返還しない旨の約定が存在する。

2  既経過期間分の保険料の控除

本件二契約及び本件五の2契約の各約款には、保険契約の解除が保険契約者または被保険者の責めに帰すべき事由によるとき、本件三契約、本件四契約、本件五の1契約及び本件五の3契約の各約款には、保険会社が保険契約を解除したときは、それぞれ既経過期間分を控除して保険料を返還する旨の約定が存在する。

3  不法原因給付

被告は、故意に事故を招致し、保険金を詐取する目的でその意図を秘し、原告大正海上を除く原告らの保険に短期集中加入し、保険料を支払つたものであり、右保険料の支払は民法七〇八条にいう不法の原因に基づく給付であり、右原告らに対し、その返還を請求することはできない。

一二  反訴請求原因に関する抗弁に対する認否

1  反訴請求原因に関する抗弁1は認める。

2  同2は認める。

3  同3は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  被告の保険金請求について

本訴請求原因1の内、被告が原告安田火災に対し原告ら主張の保険金請求をした事実は、当事者間に争いがなく、その余の事実についても、本件訴訟における被告の主張自体から明らかにこれを認めることができる。

二  保険契約の締結及び保険事故の発生について

本訴請求原因に関する抗弁1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

三  故意の事故招致による免責について

本訴請求原因に関する再抗弁2の内、本件各契約の各約款中に原告ら主張の故意の事故招致による免責に関する規定があることについては、成立に争いのない甲第一ないし第六号証によりこれを認めることができる。

そこで、本件事故が被告の故意によつて招致されたものであるか否か検討するに、成立に争いのない甲第一五号証、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし五、第一八号証の一ないし四、第一九号証の一ないし七、第二〇号証、第二一、第二二号証の各一、二、第二三号証の一ないし八、第二五号証の一ないし七、第二六号証の一ないし一〇、第二七号証の一ないし八、第二八号証、第二九号証の一ないし一一、第三〇号証の一ないし九、第三一号証の一、二、第三三号証、第三四号証の一ないし三二、第三五号証、第三六、第三七号証の各一、二、第三八号証、第三九号証の一、第四三号証、第四八号証の一二、乙第一ないし第三号証、弁論の全趣旨により真正な成立が認められる第三九号証の二ないし一九、第四四、第四五号証、第四七号証、第四八、第四九号証の各一ないし一一、第五〇号証の一ないし九、第五一、第五二号証の一ないし四(第四九号証の七、第五〇号証の六、七、第五一号証の四については、原本の存在及び成立とも)、証人住岡憲一、同中井富雄及び同藤澤こと新田富子の各証言、並びに被告本人尋問の結果(後記の採用しない部分を除く。)によれば、次のとおりの事実が認められ、被告本人尋問の結果中の右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして採用し得ず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1  被告は、昭和五七年七月二七日大阪高等裁判所で、恐喝罪等により懲役一年六月、四年間執行猶予、保護観察付の刑に処せられたが、その猶予期間中である昭和五八年一一月二日及び昭和五九年一月二八日に犯した詐欺事件(安倍外務大臣の顧問弁護士で自民党内の実力者であると偽つて、裏口就職斡旋名下に、長男の就職先が決まらなくて苦慮している母親から、合計一五〇万円をだまし取つたもの)で、同年一一月一二日逮捕され、身柄のまま同年一二月三日大阪地方裁判所に起訴された。被告は、翌四日保釈申請をしたが却下され、公判で起訴事実を認めた後同月一二日再び保釈申請をし、翌一三日保釈金二五〇万円で保釈を許可されて同日釈放されたが、本件事故後の昭和六〇年二月一七日に入院中の上田外科から無断で外出したまま戻らず、同月二八日保釈を取り消されたうえ、右保釈金を没取され、同年六月二八日大阪拘置所に収監された。

2  被告は、昭和五九年一二月一七日から昭和六〇年一月八日までの間に、本件一契約を除く本件各契約を締結したほか、同月一日東邦生命保険相互会社(以下「東邦生命」という。)の新養老保険(二五年満期、保険料月額一万八八七五円)及び医療保障付定期保険(一〇年満期、保険料月額三七二〇円)に加入した(いずれも日額五〇〇〇円の災害入院給付特約付)。被告がこの間に支払つた保険料の総額は四九万二二六五円であり、本件一契約も含めれば、被告が交通事故により入院した場合、一日当たり合計七万九一六六円の保険金を取得できることになるところ、短期間にこのように多数の保険に加入した理由について、被告は、知り合いの保険代理店から勧誘され、そのノルマの達成に協力したものであるなどと述べているが、実際は被告の方から保険代理店に電話をして積極的に保険に加入しており、また保険代理店にノルマは課せられていない。

3  被告が同乗していた加害車の運転者である訴外新田は、本件事故当時被告の内妻であつたが、被告と同様に昭和六〇年一月一日東邦生命の二件の保険に加入し、同月六日には被告と同行して東京海上火災保険株式会社の三件の保険に入り、更に同月八日には被告によつて原告安田火災の国内旅行傷害保険に加入する手続が取られているところ、訴外新田もまた、短期間にこのように多数の保険に加入した理由について説明できない。

4  本件事故は、訴外新田が加害車を運転して旅館の駐車場から出ようとして、後退するにあたり、ギアを入れ間違つて「前進」の方に入れたため、加害車が時速約五〇キロメートルで前進し、約二・六メートル前方のコンクリート壁にその右前部を衝突させたというものであるが、加害車の損傷は、右前部フエンダー、バンパーなどが小破した程度のものであつた。

5  被告は、本件事故当日現場近くの柴田医院で診察を受け、頸椎捻挫、腰部打撲、左肩打撲と診断され、翌日まで通院した後、大阪府八尾市の大北外科病院に転医し、同病院で頸椎捻挫、腰部・左肩挫傷、左肋骨骨折(一一肋亀裂骨折)と診断され、昭和六〇年一月一二日から同年二月二日まで入院し、同日から大阪市平野区の上田外科において腹水、右心室肥大症、高カリウム血症、腎機能低下症、頚腕筋症候群の病名で入院していたが、前記のとおり同月一七日に無断外出して戻らず、同月二八日から同年三月一二日までは京都専売病院で頚椎骨軟骨症、肩関節周囲炎、腰椎椎間板症により入院加療を受けた。なお、大北外科病院から検察官への同年一月二五日付の被告の病状照会回答書によれば、被告の初診時の症状は頚・項部痛、頭痛、腰部痛であり、レントゲン上骨に変化はなかつたとのことである。

6  被告は、昭和五七年九月二一日単車で自損事故を起こして九〇万円の傷害保険金を受領したほか、同年一〇月一六日には訴外徳田健逸郎(以下「訴外徳田」という。)運転の自動車に同乗していて追突され、頚椎捻挫、腰椎捻挫、左第九肋骨不全骨折等の傷害を受け、昭和五八年四月一二日まで通院による治療を受け、その後昭和五九年七月一七日から一一月頃まで頚部捻挫で三重県名張市の木野外科に通院していた。

7  被告は、妻とともにマミー給食という屋号で大阪市平野区及び三重県名張市において給食業を営んでいたが、昭和五七年頃からは「全日本同和会鳥取県連合会中部協議会顧問」角田佳万と名乗つて、多数の交通事故の示談交渉に介入するようになつた。また、昭和五八年二月四日に発生した、モータープールで訴外徳田が被告所有の外車ベンツに乗つていて、車庫入れしようとして後退してきた訴外中島利郎(以下「訴外中島」という。)運転の自動車にぶつけられるという事故を始めとして、同年三月七日にはホテルの駐車場で今度は訴外中島が右ベンツに乗つていて、駐車しようとバツクしてきた被告同乗の自動車に接触されるという事故、同年六月二一日には団地に駐車中の右ベンツが走行中の自動車に接触されるという事故、昭和五九年一月一五日には駐車中の右ベンツが自動車に衝突されるという事故、同年八月一〇日には駐車場で駐車中の右ベンツがバツクしてきた自動車に接触されるという事故が次々と発生し、被告はこれらの事故による物損の補償として多額の賠償金を受領した。更に、同年三月三〇日には、前記詐欺事件の被害者の長男である男子大学生が、被告に指示されて、レンタカーを借りてきて、保険金を得るために淀川の堤防で右ベンツに接触させ、訴外徳田がこれを修理工場へ持ち込んだところ、その従業員に擬装事故であることを見抜かれ、保険金を請求することを中止した事実も窺われる。

本件事故は、被告と訴外新田以外には目撃者のいない事故であり、これが被告の故意により招致されたものであるということを直接証明できる証拠は存在しないけれども、以上において認定した事実によれば、被告は、前記詐欺事件で保釈されたものの、実刑必至であり、前刑の執行猶予を取り消されることも避けられず、近々相当長期間服役しなければならない状況に追い込まれていて、その必要が全くないにもかかわらず、本件事故の直前の短期間に多数の保険に加入しており、その加入の理由について合理的な説明ができないこと、加害車の運転者である訴外新田は被告の内妻であつたが、被告と同様に本件事故の直前の短期間に多数の保険に加入し、その加入の理由を説明できないこと、被告は、本件事故の少し前まで、頚部捻挫の治療を受けていたところ、本件事故による衝撃は比較的軽微なものであつたと考えられるのに、頚椎捻挫等のほか、二番目の病院で左肋骨骨折との診断を受けているが、同病院の初診時にはレントゲン写真上骨に変化はないとの判断がなされているうえ、その他の病院では右骨折は認められておらず、被告は主に内臓疾患についての治療のために入院中の三番目の病院から逃走していること、本件事故の態様が、被告所有の前記ベンツが遭遇した五件の物損事故の態様と類似しているうえ、被告が右ベンツを利用して保険金を詐取する目的で擬装事故を起こさせていた疑いがあること等が認められ、これらの事情を総合して考えれば、被告は、前記詐欺事件の公判から逃れるとともに、保険金を詐取する目的で、訴外新田と共謀して本件事故を故意に招致させて病院に入院することを予定して、前記の多数の保険に加入したうえ、訴外新田と共謀して本件事故を故意に発生させたものと推認するのが相当である。

四  時機に遅れた攻撃防禦方法の却下の申立について

原告らの前記三の故意の事故招致による免責の主張が、被告本人尋問が行われた直後の第九回口頭弁論期日において初めて提出されたことは、本件記録上明らかであるが、原告らは右尋問以前において既に、被告が本件事故を招致するため一連の保険契約を締結したものであるとの主張を行つているうえ、更に証人尋問等の証拠調が実施される予定の段階にあつたこと等を考え合わせれば、原告らの右免責の主張が時機に遅れたものであるとは認められないから、被告の却下の申立には理由がない。

五  反訴請求について

1  保険契約の締結及び保険料の支払

反訴請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

2  不法原因給付

前記三において認定したとおり、被告は保険金を詐取する目的で、本件一契約を除く本件各契約を締結し、原告大正海上を除く原告らに対しそれぞれその保険料を支払つたものであり、これは不法の原因に基づいて保険料を給付したものというべきであるから、民法七〇八条により、被告は右原告らに対し、その返還を求めることはできないといわざるを得ない。

六  結論

以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの被告に対する本訴請求には理由があるので、これを認容し、被告の原告大正海上を除く原告らに対する反訴請求は理由がなく失当であるから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 細井正弘)

別紙(一) 交通事故

一 日時 昭和六〇年一月一〇日午後七時頃

二 場所 福井県坂井郡芦原町舟津二六番一〇号「美松」駐車場内

三 加害車 訴外藤澤こと新田富子運転の普通乗用自動車(登録番号三58そ8785号)

四 被害者 加害車に同乗中の被告

五 態様 加害車がその右前角バンパー部分を右駐車場のコンクリート壁に衝突させた。

別紙(二) 保険契約

一 原告大正海上火災保険株式会社との保険契約

1 契約者 被告

2 契約日 昭和五七年九月二〇日

3 保険種類 積立フアミリー交通傷害保険

4 被保険者 被告

5 保険期間 昭和五七年九月二〇日から昭和六二年九月二〇日午後四時まで

6 保険金額 死亡後遺障害 一〇〇〇万円

医療保険金 入院日額一万円

二 原告富士火災海上保険株式会社との保険契約

1 契約者 被告(角田佳万名義)

2 契約日 昭和五九年一二月一七日

3 保険種類 所得補償保険

4 被保険者 被告(角田佳万名義)

5 保険期間 昭和五九年一二月一七日から昭和六〇年一二月一七日午後四時まで

6 保険金額 基本契約 五〇万円

傷害特約 五〇〇〇万円

7 保険料 一九万七〇〇〇円

三 原告大東京火災海上保険株式会社との保険契約

1 契約者 被告

2 契約日 昭和五九年一二月二六日

3 保険種類 普通傷害保険

4 被保険者 被告

5 保険期間 昭和五九年一二月二六日から昭和六〇年一二月二六日午後四時まで

6 保険金額 死亡後遺障害 二〇〇〇万円

入院保険金 日額一万円

通院保険金 日額五〇〇〇円

7 保険料 四万六五〇〇円

四 原告エイアイユー保険会社との保険契約

1 契約者 被告(角田佳万名義)

2 契約日 昭和五九年一二月二七日

3 保険種類 普通傷害保険

4 被保険者 被告(角田佳万名義)

5 保険期間 昭和五九年一二月二七日から昭和六〇年一二月二七日午後四時まで

6 保険金額 死亡後遺障害 五〇〇〇万円

入院保険金 日額一万円

通院保険金 日額五〇〇〇円

治療費用保険金 二〇〇万円

7 保険料 一一万三六〇〇円

五 原告安田火災海上保険株式会社との保険契約

1 傷害保険

(一) 契約者 被告

(二) 契約日 昭和五九年一二月二五日

(三) 被保険者 被告

(四) 保険期間 昭和五九年一二月二五日から昭和六〇年一二月二五日まで

(五) 保険金額 死亡後遺障害 二〇〇〇万円

入院保険金 日額一万円

通院保険金 日額五〇〇〇円

(六) 保険料 四万六五〇〇円

2 所得補償保険

(一) 契約者 被告

(二) 契約日 昭和五九年一二月二七日

(三) 被保険者 被告

(四) 保険期間 昭和五九年一二月二七日から昭和六〇年一二月二七日まで

(五) 保険金額 基本契約 一五万円

傷害特約 七五〇万円

(六) 保険料 六万三六〇〇円

3 国内旅行傷害保険

(一) 契約者 被告

(二) 契約日 昭和六〇年一月八日

(三) 被保険者 被告

(四) 保険期間 昭和六〇年一月八日から同月一二日まで

(五) 保険金額 死亡後遺障害 五〇〇〇万円

入院保険金 日額七五〇〇円

通院保険金 日額五〇〇〇円

(六) 保険料 二四七〇円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例